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2006年12月 9日 (土)

人事異動

6 人生の破滅は、2年前の人事異動からはじまったように感じます。

まぁ、前の職場でろくなことしてないという自覚はありましたから、ついに来るべきものが来たって感じです。←ろくなことしてないって部分は後で詳しく紹介します

この時期のtaroとしては仕事熱血人間を自負しており、本音では自分がいなければこの支社は動かなくなる、あの仕事は自分じゃなきゃ出来ない、と本気で思ってるくらい仕事には入れ込んでいたんですよ。実は。

後日、この気持ちが単なる勘違い、オレなんかいなくても会社は困らないっていう気持ちに変化していきます。

支社長からの内示があり、その場で「はい、わかりました」と、即答しちゃいました。

きらわれ役、うらまれ役を積極的に進めなければならないようなミッションを与えられ、脅し、恐喝みたいなことを言われていたtaroとしては、「やっと終わった」っていう安堵感みたいなものも感じていました。

(この時期は「夜道の一人歩きは気をつけな!」とか「○○はヤクザと付き合いがある」とか周囲からいわれ実はビクビクしていました。)

でっ、転勤して数ヶ月はおとなしく平穏な日々を過ごしていたのですが、人生の破滅ともいうべき出来事に直面しちゃいます(^_^;)

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仕事がなくなった?

B_blue 転勤後は会社にいながら仕事がなくなるっていう不思議な状況下に置かれるようになります。

taroは会社に入ってから、20年間ずーと工場勤務だったんですよ。

転勤後の事業所で、まず最初にやった仕事は工場の停止作業です。

まるで、自分の存在価値を自分で消し去るという自虐的な作業を、自ら進んでやらなきゃならなかったんですよ(T_T)涙でましたよこの時は、、

社会情勢とか、その事業所の立地条件、コストなどを考えると、製品を他社から受け入れた方が有利ってことでした。(あまり詳しく書くと会社が分かるんでこのぐらいにしておきます)

このプロジェクトを進めるときのいきさつは酷いものでした。まるで、その後の自分の人生を暗示するかのような、メチャクチャな展開です。

着任早々の仕事だったんで、上司や部下に「どうやって停める計画ですか?」と聞いたところ、

「・・・・・・・・・・」約10秒間無言、なぜか下を向いて目を合わせない。

「来るの待ってました」←部下の言葉

「おまえ、そういうの詳しいんだろ」←上司の言葉

「K(前任者)から引き継いだんだろ」←上司の言葉

「なっ、なっ、、、、」←taroの言葉

結局なにもやっていないということでした(^_^;)

ブチ切れかかるのを必死にこらえ、あわてて計画書の作成をはじめたのです。6月にやる仕事の計画を4月から取り掛かるとは、、、

まぁ、小さな事業所なんで他の支社なら2つのグループに分かれているところを1つのグループに統合していて、上司がtaroとは別の部署の出身だったってこともありますが、、、

前任のKからの引継ぎも、まったくなしでした(^_^;)ふざけやがって!

(Kは、この手抜き引継ぎ事件のバチがあたったのか、転勤後にtaroよりも酷い人生を歩むこととなります。詳しくは後日紹介します)

そんなワケで、このプロジェクトを1人で計画から実行まで進めることとなります。まるで自分から進んで自分を殺すような情けない気分になる仕事でした(T_T)

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2006年12月13日 (水)

ヒマになったら考えた

Beans_1 工場の停止後は、はっきりいってtaroは役立たずです。

20年間蓄積してきた経験や知識が、まったく意味がなくなったのです。しばらくは仕事を終わらせたっていう気分で、清々していたんですが、時間がたつにしたがいダンダンと辛い気分が蓄積していきます。

工場の停止後は、会社にいて出きる仕事といえば限られていました。

1.掃除

2.片付け

3.事務所の修繕

4.パソコンの単調な入力

5.人の手伝い

まっ、雑用係ですな、、、、

そんなワケでtaroは一応立場的にはグループ内の№2という役職ではありましたが、一番仕事ができない男という情けない立場に追い込まれました。ちょっと前まではスペシャリストだったのにぃ~

給料が№2だったのも、よけい辛いですね(^_^;)

でっ、雑用をそんな一生懸命やるわけないしで、ボーっとパソコンをいじりながら、物思いにふける日々が、2年間も続いているんですよ!

なんとかしてよ所長!

今いる事業所の所長は、以前同じ職場で上下関係にあったこともあり、イロイロ気を遣ってくれます。気さくな人なんで、工場停止から3ヶ月経過したころに軽く相談してみましたが、、、

「もう、いいんじゃないですか」←かるいジャブ(所長の出方をみる)

「もう、いても意味ありません」←右ストレート(少し強めに言ってみる)

「もう、我慢できません」←さらに左ストレート(かなり強めに言ってみる)

「たすけてくださいよ。つらいんですよ!」←taroの心の叫び(これが本音だな)

「もうちょっと待て。支社長にも相談するから、、、」←所長の軽い一言(全てのパンチをかわされた感じですね)

あれから1年半も経ってんのに何もない!

機会があるたび言ってんのに何もない!

簡単に人事異動できないのは分かるけど、ほっとくことないじゃない(T_T)

でっ、会社のパソコンで、いろんなホームページを見ながら、よからぬことを考えるようになったんですよ。これは所長がわるい!

全部所長のせい!

会社にいて仕事しているフリしながら余計なこと考えている自分を正当化しています。

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部下の逆襲

Bird_blue

因果応報ってこのことだな、、、

転勤してきたばっかの時「来るの待ってました」って言った部下がいました。(第3話「仕事がなくなった?」参照)

この部下が、一応工場関係では一番長くやっているので、工場停めなきゃいけないの知っていながら何もしてなかったっていうフトドキモノです。

でっ、こん時は機会があるたびに”いやみ”を言ってウサ晴らししていましたが、彼にしてみれば

「あなたの仕事でしょ」

「あなたと入替で転勤したKさんがやるべき仕事だったんでしょ」

「僕は別の仕事の担当です」

って、いう気持ちが強くあったようで、その後の工場関係の仕事では最後まで”ひとごと”っていう態度をくずさずにいました。年がtaroと、そんなにかわらずで、上司ヅラされるのが面白くなかったとも思われます。

工場停止で業者との打ち合わせがあり

「打ち合わせに入って」といっても”無視”、結局taroが1人で打ち合わせを行った(怒!)

でっ、停止方法が決まり、こいつは当てにしないことにして、別の部下と停止についての打ち合わせをしていたら、何故か打ち合わせに入ってくるんですよ(ーー;)仲間はずれは寂しかったのだろうか?

さらに、いよいよ停止となったらば、それまで何もしないでいたのに、出てくるんですよぉ~←自分も参加したって形をとりたかったのだろうか?

そんで、数日後にそいつがタイミングを見計らったかのようなセリフをはいた。

「taroさんも今後の身の振り方を考えたほうがいいですよ」

こん時はグゥの音もでなかった。一言も言い返せず(しどろもどろなことは言ったかもしれない)黙ってしまった。

上司が部下にやられる、、、これほど情けない思いをしたのは新入社員のころに大失敗して上司に叱られて以来だったのではないだろうか、、、

そういえば自分も過去に上司をやっつけたことがあったなぁ、、、などと反省しながら情けない気分にしばらく浸ることとなります。

こいつの逆襲は、その後もチクチクと続きます(T_T)

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2006年12月29日 (金)

オレって最低

Bread2 そんなワケで給料もらうためだけに会社に通う日々が始まりました。(ーー;)

これは人間として、社会人として最低のことと自覚しています。

そんな人(ほとんどは年配者)は以前にもtaroの周りにもいたわけで、そんなヤツは軽蔑し罵倒していましたが、まさか自分がそんなふうになるなんて、、、、

今の事業所に転勤してくる前は自分より給料の安い部下はいませんでした。年寄りばかりで、まるで老人介護しているかのような状態に不満があり、かなりキツイ態度で接していたら、当然逆ギレする部下も出てくるわけでして、、、

反逆してくる部下に対しては

「給料いくらもらってんのぉ?オレは手取りで23万だけど、あんたはいくらぁ?」←思いっきり嫌味たっぷり。推定で35万以上の年配者でした。

「・・・・・・・・」←部下はだまる。

「給料分仕事したらぁ」←taroのキメぜりふ

だいたい、こんな手で黙らせていたんだけど、今考えると酷いこと言ってるよね。

彼としては、長い年月の間に、いろんな経緯があって今に至っていたわけで、バリバリ仕事をして会社を支えていた時期もあったはずです。

多分、これまでの待遇とか教育、与えられた仕事、現在の会社の情勢などについていけなくなり、高給取りの下っ端に成り下がったものと考えられますが、これは本人だけの責任ではなく、過去の上司や会社の待遇にも問題があったのだろうと、今更ながら考えをあらためるようになりました。

「なんであんな事を言ってしまったんだ」

「オレって最低」

「オレもヤツと同じじゃないかぁ」

「いや!もっと酷い!オレの方が学歴が上だぁ」

「学歴が上で同じことしてたらオレはヤツより下だぁ!」

「オレは最悪の社員だ」

「イヤ社員分の給料もらう資格すらないアルバイト程度で十分だ。」

「アルバイトだったらクビになる。てっ、ことはアルバイト以下だぁ。」

チョット前まで会社を支えているなどと思い上がっていたものだから、落ち込み方は酷いものでした。

これから、しばらくはドンヨリ人生が続きます。

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2006年12月31日 (日)

うつ病者その一

Coffeec1 僕の知っている社内うつ病者はY田が最初だったと思う。

約三年前にM事業所(taroが今いる所)からⅠ支社に転勤になった彼は数ヶ月で会社に来なくなった。(来れなくなった)

転勤になる前も休みがちで、たしかに評判は悪い。M事業所でも「やっぱりそうなったか」って意見が多かった。

でっ、Y田はうつ病になり会社を休み、医者からの診断書を提出するだけで、会社に行かなくても社会保険事務所から、それまでの給料の7割くらいが支給されていたらしい、、、

住む場所は会社から支給されていた社宅です、、、本人負担は多分数千円だけど、給料天引きだからどうなっていたのだろう、、、まさか追い出すワケにもいかないし、、、でっ、だらだらと、あやふや状態が続いていました。

この時期にⅠ支社の人と出張時に話す機会があり、Y田の話題になった。

ちなみにY田は僕と同い年で40才(当時)、こいつはどうみても30代中ごろです。

「M事業所(tarotが今いる所)にいるときも、ああだったの?」

「僕は今年転勤してきたばかりだから、ヨク知らない」

「Y田がだらしないから飲み会で説教したら泣いちゃってさぁ」←上から下を見下ろすような横柄なものの言い方

「はぁ、、、(ーー;)」

「ボロボロ涙こぼして、オレだってね、、、オレだってね、、、って言ってんの」

「あんな甘ったれたヤツは会社辞めたほうがいいね」←勝ち誇ったものの言い方

「ふぅう~ん(T_T)」←(おまえ何様って言いたかった)

どうやら虐められていたらしい。しかも年下のヤツに、、、あわれだよねぇ、40過ぎて若いヤツに虐められるなんて、、、

そんなで、1年が経ち、Y田をこのまま休職させるわけにもいかないようで、M事業所にまた転勤してきたわけなのですが、最初は普通だった、、もっていた、、、わりとしゃべっていた、、、

でも、数ヶ月で来れなくなる、、、

でも、また出てくる、、、

また、来ない、、、

こんなのを繰り返し

M事業所でも周りの評判はすこぶる悪くなってました。

「いい迷惑だ!」

「これだったら居ないほうがイイ!」

「甘えてんじゃないの!」

けっこう過激ですね(^_^;)

本人は「オレ病気だから、、、」なんて人事のようなこと言うし、、、、

ある日、Y田と食堂で普通に世間話しなければならなくなった。

taroとしては別に嫌いじゃないし、自分に被害があったワケでもないので、ごく普通にしゃべってたら、愕然とした。

「いやぁ~、今月給料少ないよ」←Y田としては年が同じなのでtaroも同じ位の給料と思っていたらしい。

「残業少ないんだよなぁ」

「へぇ~、オレも今月残業ないよ」←taroとしては話をあわせてあげただけのつもり

「32万だよ。これじゃ生活できないよ」

「そっ、そぉ(*_*)、、、、、、」←(そんなにもらってたの)

ちなみにtaroはY田よりも役職が上です。年は同じです。

うつ病で会社休んで、人に迷惑かけても会社辞めさせられなくて、オレよりも役職が下で32万、、、

オレは25万だ!バカやろぉ!

この日からY田のことは嫌いじゃなかったけど、嫌いになりたくなった。

そういえばY田は親のコネで入社した人でした。親はK省の役人でした。

哀れと思う反面、「汚ねぇぞこいつは!」って気分も湧いてきます。

Y田の場合は会社辞めないで正解の人と感じますね。

ふぅ~、同情してソンした。フン!

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